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麻雀新撰組 小島武夫 スペシャルインタビュー


一遍ちょっと麻雀を打とうか

―小島武夫プロと言えば、阿佐田哲也さんと共に麻雀新撰組を結成されていたことで有名ですが、お二人の出会いについて教えて下さい。

当時ね、日本文芸社が神田の三崎町に「あいうえお」というお店をやっていて、僕はそこで働いていたのよ。地下がレストランで、1階がパチンコ屋、それで2階と3階が200卓以上もある麻雀クラブでね。神保町界隈の全麻雀クラブの卓を集めても200卓無かったからすごい大きな麻雀クラブだよね。そこの4階が寮と食堂になっていてそこに住みながら働いていたのよ。

そこへ阿佐田先生、加太こうじさん、三遊亭円楽さん、もう1人はちょっと思い出せないんだけど著名な人の4人が来て、文芸社の漫画読本という雑誌の雑誌対局をやったんだよね。当時僕は11PM(※)に出てたんだけど、それを阿佐田先生も見てたみたいで、僕にちょっと興味を持って、まぁ一遍ちょっと麻雀を打とうかと言われて、それからだね。
(※11PM・・・1965年から約24年間放送された人気深夜番組)



阿佐田先生が近藤勇、僕が土方歳三、凱章が沖田総司

―その出会いから麻雀新撰組の結成まではどのような流れがあったのでしょうか。

それで麻雀打ったりして色々と話している中で、名人戦をやろうという話になったのよ。当時いくつかの麻雀団体があったんだけど、その各団体の主だった人、日本麻雀連盟理事長の手塚晴夫さん、日本牌棋院会長の天野大三さん、それと日本麻雀道連盟会長の村石利夫さん、こういった人らを引っ張り出してやろうかという話になったんだ。


―そういった団体を跨いだ大きな大会は初めてですよね。

そうそう。おもしろいじゃん。今だからはっきり言えるけど、みんなアマチュアあがりじゃない。まぁこっちもアマチュアなんだけど麻雀打ってる回数が違うからね。雀歴10年だって言われても、週に1回とか月に1回とかだろうから。こっちは毎日麻雀クラブで働いて、毎日麻雀打ってるわけだからさ、そのものさしで言うと雀歴50年とか100年とかのキャリアがあるんだよね。だから阿佐田先生は、それおもしろいから引っ張り出して叩いてやろうかという感じだったよ。結局、偉い人本人は出てこなかったんだけど、牌棋院の青山敬さんというなかなかの打ち手が出てきたりしてね。大会も途中までは僕がトップを走ってたんだけど10回戦目に彼にやられて最終的に彼が優勝したんだよね。

それで大会が終わって、仲間内みんなで打ち上げをやっていたんけど、そこで阿佐田先生がね、麻雀新撰組を作ろうかという話が出てきたんだよね。当時そういう麻雀グループは他にもあったけど、そんなにキッチリしたもんじゃなくて、遊び感覚で、みんな手が空いているときに集まって麻雀やったりとか、そういう感じでいいじゃないの。って阿佐田先生は考えていたみたい。それで阿佐田先生が、誰がもう1人くらいいるかな、っていうから古川凱章に声をかけたんだよね。そしたら彼も乗り気になって3人で結成したんだよ。最初は田村光昭とかはまだいなくて、だから阿佐田先生が近藤勇、僕が土方歳三、凱章が沖田総司、こういう感じだよね。やっぱこれはね人気になったよね。そういう奇抜なグループだったからさ。


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